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「上方婚志向」という幻想:1 日本における「上昇婚」をどう定義すべきか

Twitter男女問題界隈で頻繁に見る、「上昇婚」という単語。

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これらの論説は凡そ、「女性は習性として上方婚を行うものであり」「ゆえに日本の女性は配偶者選定に行き詰まる」「これが少子化の原因である」といったロジックによって語られています。

togetter.com

あるいは、

「男女平等が少子化を推し進める」「女性の上昇婚志向は少子化の原因である」や「女性の収入増は婚姻率をむしろ低下させうる」

といったもの。こういった言説では当たり前のように、「女性の上昇婚志向」が語られます。

その根拠とされているのはかなり多くの場合、「女性は収入の高い男性としか結婚しないから」というものです。 個人的に、この論点に対して3点、疑問を持っていました。

  • 日本は性役割分業が根強く残る社会であり、男女に深刻な賃金格差がある。また、子供を持つことを「権利」と捉える未婚男性は散見されるものの、多くの女性にとって、出産は自分の人生の時間と労力を割かれる「義務」である。いまの日本社会において、女性は育児・出産の機会コストを配偶者に頼らざるをえない現実がある、この点を無視して、「女性特有の行動傾向」や「選り好み」が原因であるかのように語るのは如何なものか。

  • 一方で、上記の理由を踏まえても、年収300万円以下の男性は結婚できないという実際のデータがあり、そして、女性が配偶対象を選ぶとき、経済力に一定の基準を設ける傾向があるのは事実である。この傾向を裏付ける科学的背景は存在するのか。そして、これらの行動傾向は、女性という主体の、嗜好選択の問題、解体不可能なものであると断じて良いのか。あるいは、解体手段は存在しないのか。

加えて、女性の(根本的な行動原理、あるいは「本能」としての)「上昇婚」の社会的実態というのは存在しているのか。そしてそれは少子化にどの程度寄与しているのか、以上が、ここから一連のエントリーの趣旨です。

なお、この記事はこの記事承前部を加筆したものとなります。 始めて読まれる方は、こちら(これ。こっちの記事)を先にお読み下さい。

『上昇婚』とは何か

どうも「女性の高望み」の言い換えとして使われているフシのある「上昇婚」というタームですが、本来の定義としては

じょうしょうこん hypergamy 花婿とその親族の世襲身分が花嫁のそれより高い婚姻のこと。この逆を下降婚 hypogamyという。すなわち社会的に是認されたカースト外婚をいう。 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ということになります。 つまり、厳格な身分社会での、下位カーストの女性と上位カーストの男性と婚姻を指す言葉です。 本来は非常に限定的な社会学タームですが、ネット言論界隈で頻用されるようになった経緯としては、以下の本の存在が大きいようです。

山田昌弘氏のこの本は、1990年代当時、大きなインパクトを持っていたようです。 なお、この方は、白河桃子氏とともに「婚活」「パラサイト・シングル」というタームの提案者でもあり、ネット論壇界隈に限らず、日本国内の男女論・格差議論などにおいて、強い影響が見て取れます。

さて、この本における、ハイパーガミー(女子上昇婚)の定義はP.68に初出。

妻が夫の家に入る嫁取り婚を原則とする社会では、女性にとっての結婚はまさに「生まれ変わり」である。それゆえ、女性はよりよく生まれ変わるために、自分の父と同等以上の家の男性と結婚する。 それゆえ、女性は、よりよく生まれ変わるために、自分の父親と同等以上の家の男性と結婚する。それに対して、男性は、結婚によって、結婚によって、身分、階層、職業などは変わらない。このような結婚制度を「ハイパーガミー(女性の上昇婚)」と呼ぶ。

これは、一見すると非常にもっともらしい指摘に見えます。

女性にとって結婚が「生まれ変わり」の機会でありうる。「ゼクシィ」などの結婚情報誌は華やかな結婚に憧れる女性を対象とするものであり、逆説的には、「結婚に憧れる」女性がこの社会に一定数存在する、ということを示します。この感覚は、結婚がむしろキャリア継続及び収入上昇の手段となる男性とは、大きく異なるものでしょう。

この本の主張の一部は、「女性は、よりよく生まれ変わるために『上昇婚』を行う」という因果関係を前提として書かれています。しかし、「結婚が(結果として)女性に生まれ変わりの機会となる」ことと、「女性が、生まれ変わりの機会を得るために配偶者の選定を行う」ことは、第一にイコールではありません。ここについては特に考察がなく、出典も提示されていません。やや根拠が薄弱です。

とはいえ、この本がインターネット上の男女論のタネ本として大きな影響力を持っているであろう点を踏まえなくとも、同著にあるとおり、女性の父親と夫の学歴と収入を基準に、上昇が見られるケースを「上昇婚」とみなす、という定義は凡そ妥当と考えます。山田氏が同著P.45で指摘している通り、性役割分業の未だ強固なこの社会において、女性の身分が、本人の社会的役割以上に、ーーーの娘、ーーーの妻、ーーーの母として定義される局面は非常に多いからです。

続いてP.69

社会が近代化され、職業の世襲が原則としてなくなり、停滞経済から成長経済へと移行すると、男性にも「階級上昇」のチャンスが出てくる。……階級の低い男性(特に次男以下)にも、自力で階層を上昇させて、妻をめとる可能性がもたらされた。 特に、第二次世界大戦以後の高度経済成長期は、この条件に恵まれていた。終戦直後、戦死による男性不足から、一時的に女性の結婚難が見られたが、高度成長期には、男女とも早婚かつ皆婚状況が出現する。

高度成長期に、国内の男性全般に身分の転移が見られた、このころは親元で第一次産業就業者を務め、嫁入りしえ一生を終える人生が主であった女性にとって、労働者に「階級上昇した」男性との婚姻は階級移動となった、ゆえに婚姻が非常に魅力的なものであったーーーーこの指摘自体は妥当と言えるかもしれません。

しかし、実際には、戦後最大の出生率を叩き出した第一次ベビーブームは1947年に起こっており、そして、高度経済成長が終わり、男性の最終学歴の上昇が止まる1970年代後半より前に、婚姻率は低迷を始めています。

ガベージニュースさんから引用、戦後の出生率推移。

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ある経済コンサルトの日記さんから、日本のGDP推移。

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高度経済成長期の間に上昇していること自体は事実ですが、経済成長に伴うゆるやかなものであり、第二次ベビーブームが起こる前に婚姻率は下降しています。高度経済成長期の経済成長とはまったく同期しないその後は経済成長に同期してゆるやかに同期している、と捉えたほうが自然でしょう。 また、一人あたりGDP、「身分の転移」の要因となる第一次産業就業者と第二次・第三次産業就業者の推移についても、実は婚姻率の変化とは特に同期していないのです。第二次ベビーブームは、第一次ベビーブームで出生した(=人口の多い)世代によるものであり、合計特殊出生率の増加を伴いません。なお、合計特殊出生率は、第一次ベビーブームを最後に、一気に低迷しています。

日本リサーチ研究所作成のグラフより。

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「親の学歴」についてですが、内閣府男女共同参画局のデータによれば、男性・女性ともに、大学進学率は1975年ごろまでほぼ一定して上昇を続けています。

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ここに強い相関があるならば「親と子の学歴差」における上昇傾向が止まるのは、およそ80年代から90年代になるはずですが、婚姻率の推移は実際には1970年代前半、第二次ベビーブームを最後に低迷に転じており、同調しません。 ゆえに、上昇婚が不可能になったことが、低成長期の婚姻率低迷の主原因であるとする山田氏の分析は事実に即しない、あるいは即していても、より大きな要因があるのでは、という疑問が出てきますが、本項の主旨から外れるため、一旦脇に置くことにします。

「生まれ変わり」を動機とする、という仮説を採用するかはとかくして、「社会的地位の転移(上昇、下降の場合は下方/下降婚)」を基準とするのは、本来の定義から考えると妥当でしょう。日本はカースト社会ではありませんが、資本主義社会の宿命として、社会格差そのものは存在しているからです。

それでは、実際に、現在の日本における女性の配偶者選定は、どのような基準で行われているのでしょうか。

そもそも、日本の結婚の主流は同類婚である

同じく、少子化問題と婚姻率低下の問題を多く扱った本として、「夫婦格差社会」があります。

夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち (中公新書)

夫婦格差社会 - 二極化する結婚のかたち (中公新書)

インターネットにおける議論で、「上昇婚」と一緒に取り沙汰されがちな「パワーカップル」「ウィークカップル」といったタームや、婚姻傾向に伴う格差にまつわる議論の出処はこの本である、という推測でおそらく間違いないものと考えられます。

同著では、一夫一婦制においての選定行動の基準として、「相補」「類似」2点を仮説として提示しています(P.41)。前者は上昇/下降婚的、後者は同類婚的と言えますが、「すべてにおいて相補的であったり、類似的であるのではなく、各変数において相補的になったり、類似的になったりしているのではないか」、というのが同著の指摘です。 また、離婚・晩婚・未婚へ至る理由として、加藤彰彦氏の「[未婚化・晩婚化と社会経済的状況(2004)]」から、「女性自立仮説」と「相対所得仮説」と「つり合い婚仮説」の三つの仮説を提示しています(P.42-)。 相対所得仮説は、結婚が「期待する生活水準」に対する稼得能力を推進するのであれば後押しするが、既存の結婚の停止を後押しすることもあり、悪化が予測されれば晩婚化を促進する、というもの。つり合い婚仮説は、結婚相手のマッチングそのものの困難性に着目するものです。 加藤氏は、日本国内の状況として、経済学的分析により、「女性自立仮説」を不支持、「相対所得仮説」を部分的支持、「つりあい婚仮説」を支持とする研究結果を示しています。

これらの前提を踏まえて同著で扱っているのは、「上昇婚」ではなく、既婚者にはむしろ同類婚、法曹、医師、研究者といった同業者どうしのカップル=パワーカップルと、年収300万円以下、200万円以下の低所得男女によるカップル=ウィークカップルです。現在の日本で、学歴・職業を指標にした場合、近い学歴、あるいは同じ職業の男女が夫婦になる割合が高いことが指摘されます。

学歴と、職業から見る「同類婚志向」

「夫婦格差社会」では、高卒の男性と高卒の女性、大卒の男性と大卒の女性の婚姻率の高さから、日本はいまだ同類婚が主流であるとしています。(P.67) ここでは総数だと女性のほうが学歴の低いカップルも多い、という調査結果も提示されいますが(同頁)、中卒の男性の50%が高卒の女性と、33%が中卒の女性と結婚しているというデータもあるため、これは単純に、女性の進学率のほうが男性の進学率より低いことの反映(同著における分析)と捉えて問題ないでしょう。

小林淑恵氏による、「学歴下方婚のすすめー類型選択と実現された生活(2006)」より。

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男性のほうが女性よりも学歴が高い場合の結婚を「伝統婚」、逆に女性のほうが学歴 が高い場合の結婚を「非伝統婚」と定義してのグラフです。なお、この研究では、大卒女性で伝統婚を選ぶのがわずか10%に過ぎないどころが、24%、4人に1人は非伝統婚を選択することを提示した上で、以下のように分析しています。

女性がより高い学歴の男性との結婚を望んでいるという上方婚志向の認識は、マクロの視点による 階層論の結果と、高学歴男性の実感によるものであろう。自分の同級生は皆、同じ大学卒かそれ以 下の学歴の女性と結婚しているため、下方婚を選ぶ大卒女性が実数として多いことを見逃しているのではないだろうか。

上述の夫婦格差社会P.73にも指摘と分析があります。男女の大学進学率に格差があるために、夫側から見た女性の最終学歴が下方婚にばらつきを見せる一方で、妻側から見た男性の最終学歴がほぼ同類婚で固められる。ゆえに男性から見ると下方婚を選ぶ女性の多さが認識できない、というものです。

ここで挙げたふたつの研究では夫婦間の学歴差が「階級移動」の基準として扱われていますが、すくなくとも近年この国では学歴は年代を通じて一貫して本人学歴に影響を与えている(2006,安藤理)という研究結果があります。加えて世代間での階級上昇を生む最終学歴の上昇は1970年代に上がり止まっていることからも(前出のグラフより)、父学歴と本人学歴を同じく「階級」の指標として扱っても、戦後〜実態としてはそれほど大きな差は出ない、と推測して問題ないでしょう。

また、学歴以外の「階級」のファクターとして、職業があります。

「夫婦格差社会」では、「妻が事務職の場合を除いた残りのすべてで、夫が同じ職業に就いている場合が高」く、「その率が最も高い」こと、「妻がどのような職業に就いているか」が収入のバロメーターとなっていることも指摘されています(資料として厚生労働省人口動態職業〜産業別統計が掲載されていたため、同様のものをここにも載せておきます)。

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ここでも、優勢なのは同類婚です。

印象論はともかく、少なくともデータ上の実態としては、学歴や職業に着眼する場合、この国の女性全体の「上昇婚志向」は希薄であり、今現在も同類婚志向の強い社会であると表現する正確である、と言えるでしょう。 現在は高学歴女性、高収入キャリア女性ともに男性に比べれば圧倒的に少ないのが実情であり、見かけ上の下方婚の成立しづらさは、単純に数の少なさに拠る部分が非常に高いと考えられます。

とはいえ、経済力を指標とする場合、既婚男性・既婚女性の収入に大きな格差が存在しているのは事実であり、同時に、高収入女性よりも高収入男性のほうが割合としては既婚率が高いのも事実です。また、同類婚が優位であり、上昇婚が低比率であるとしても、「下方婚が(同類婚に比べれば)成立しづらい」事実は揺らぎません。 次の項では、実際の収入に着目した場合、女性がどのような結婚行動を取っているのか、男女の平均収入や、結婚相手の希望年収データを元に見てみます。

ふわふわした語りで恐縮ですが、次エントリに続きます。

yaya.hatenablog.com

他、今回のタネ本など

「婚活」現象の社会学 日本の配偶者選択のいま

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セックス格差社会 恋愛貧者 結婚難民はなぜ増えるのか?  (宝島社新書)

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