まっしろな嘘

ニンゲンを勉強中のヤヤネヒによる、なんかいろいろ。

日本には『上昇婚』なんて(言うほど)ないだろうという話 その(1) 上昇婚って何でしょう?

はじめに

2020.01.28 タイトルを「まったくない」にしてたら本文を読まない人が後をたたなかったと思しいため、内容を含めいくらかリライトした。 リライト前にも、『ほとんどない』くらいが正解だろうと思っている、というのは付記していたのだけれど。

時流に伴って流行り廃れてはインターネッツ界隈で適当な形で復活するバズワード、『上昇婚』及び、『女性の上昇婚志向』なる擬似理論にいちいち突っ込むのに疲れてきたので、以下、まとめておく。

上昇婚』とは何か

じょうしょうこん hypergamy 花婿とその親族の世襲身分が花嫁のそれより高い婚姻のこと。この逆を下降婚 hypogamyという。すなわち社会的に是認されたカースト外婚をいう。 (ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

「厳格な身分社会での、下位カーストの女性と上位カーストの男性と婚姻」。所謂、玉の輿を指す語である。具体的に言うと王族と平民、王族と奴隷などの婚姻を指す。 これが所謂ネット言論界隈で頻用されるようになったのは、山田昌弘氏の著作、「結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか」からの出典であると考えられる。

結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか (丸善ライブラリー)

結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか (丸善ライブラリー)

この本における、ハイパーガミー(女子上昇婚)の定義は以下。

妻が夫の家に入る嫁取り婚を原則とする社会では、女性にとっての結婚はまさに「生まれ変わり」である。それゆえ、女性はよりよく生まれ変わるために、自分の父と同等以上の家の男性と結婚する。 それゆえ、女性は、よりよく生まれ変わるために、自分の父親と同等以上の家の男性と結婚する。それに対して、男性は、結婚によって、結婚によって、身分、階層、職業などは変わらない。このような結婚制度を「ハイパーガミー(女性の上昇婚)」と呼ぶ。

山田昌弘氏の定義を要約すれば、日本社会における「上昇婚」とは、 「女性が、経済力・学歴・出身地などが、生家(父親)の社会階級よりも上回る男性と結婚すること」 であった。

社会が近代化され、職業の世襲が原則としてなくなり、停滞経済から成長経済へと移行すると、男性にも「階級上昇」のチャンスが出てくる。……階級の低い男性(特に次男以下)にも、自力で階層を上昇させて、妻をめとる可能性がもたらされた。 特に、第二次世界大戦以後の高度経済成長期は、この条件に恵まれていた。終戦直後、戦死による男性不足から、一時的に女性の結婚難が見られたが、高度成長期には、男女とも早婚かつ皆婚状況が出現する。

第一次産業から第二次産業への過渡期、国内の男性全般に身分の転移が見られた。親元で農業に就事し、嫁入りしてもそのままの階級で一生を終える人生が主であった女性にとって、高度経済成長期に「階級上昇した」男性との婚姻は「上昇婚」そのものであった、というのが山田昌弘氏の指摘である。

戦後の婚姻率・離婚率については下図の通り
(ガベージニュースの不破雷蔵氏のYahoo寄稿記事より、注釈は筆者) f:id:chat_le_fou:20180923074231p:plain

インターネットバズワードとしては、この「自分の父親と同等以上の家の男性と結婚する」といった部分は残っておらず、「女性が自分よりも収入の高い男性と結婚する」といった定義である。 しかし、この定義は、少なくとも階層研究においては、ほとんどありえないといっても良いほど一般的ではない。

  • 性役割分担が厳格な社会では、男女年収には差がある
  • 結婚後に子供をもうけた場合、女性側年収が低下する

マックス・ウェーバーの定義によるならば、階層区分の中核的な要素は生活様式であり、分析の単位は生活様式を共有する家族となる。この際、女性配偶者側の収入を家族生活の指標とすることは難しい。階層研究における女性の扱いについては、アメリカでは1970年代から、日本では1990年代から問題が指摘されており、アメリカの社会学者、ジョアン・アッカーによれば、階層研究における女性の扱いは以下の通りであった*1

  • 階層システムの単位は家族、その所属階層は男性世帯主の地位によって決定される
  • 男性と女性の間での不平等は、階層システムとは無関係とする

しかし、この伝統的な立場は、女性世帯主家庭の貧困率の高さ、現在の共働きパワーカップル・ウィークカップルの二極化、低賃金労働における女性の多さなどを踏まえると、現状にそぐわない。ただし、明言できる点としては、女性においては個人を単位とする地位と世帯を単位とする地位の解離が大きく、独立的地位と借用的地位(社会主の社会的な地位)との達成がそれぞれ排他的である*2つまり、本人の稼得力だけで女性の社会階層を論じることはほぼ不可能であることがある。

山田モデルはこういった非対称を「結婚前は父の収入、結婚後は夫の収入」といった形で回収していたが、男女年収を単純比較するモデルではいっさい勘案されていない。 分析対象に女性を含めるための模索は長年行われており、代表的なものが本人に対する独立モデル、配偶者に対する借用モデル、夫婦の職業変数を特定の基準にしたがって組み合わせる合成モデルによる分析であるが、女性の異種混淆性、地位構成の複雑さゆえに、どれを用いることで適切に分析できるかの解は未だ出されていない*3

marry up/ marry down

性役割分業が緩和され、女性の労働参加が進んだ欧米で、近年使われることが増えた表現である。 これらについて、階層研究では「上昇婚(Hypergamy)」との区別から、「上方/下方」と訳すのが一般的であった。語義の混乱が起きているように見請けられる。

 まとめ

本来の人類学的定義に乗っ取れば、上昇婚とは「男尊女卑、かつ厳格な身分社会における、カースト外婚」、つまり玉の輿である。

かつて、日本人女性が日本人男性と結婚していたのはカースト外婚だったのだろうか??*4

上昇婚」なるタームを紹介したのは社会学者の山田昌弘氏である。ここでは、女性の社会階級の「上昇」を、世代を跨いだものとして説明している。とはいえ、終戦直後の上がり幅では第一期ベビーブームがピークであり(それ以前は戦争を挟んで激しく乱高下している)、山田昌弘氏の説を婚姻率上昇の単独の理由と推定するにはやや疑問が残る。しかし、「結婚による階級上昇」が、婚姻行動のインセンティブとなった時期が存在した可能性は否定できないだろう。

それとは別に、インターネット上では、「女性が自分より上の稼得力を持つ男性と結婚しようとする」傾向を「上昇婚」と定義し、問題視する向きが根強い。しかし、性役割分業が厳格な日本社会では、8割の家庭が結婚後に出産し、また、女性の稼得力は出産を経て低下するため、配偶関係にある男女の年収だと、女性のほうが低いのが一般的である。この、強いていうなら経済上方婚状態は、性役割分業に基づく男女の人生設計の違い、一般就労者(主に男性)の育児参加・分担の困難、出産後の女性側の就業継続が困難で、かつ、退職後の非正規雇用女性に強く依存する日本の産業体質などにも因る。ゆえに、女性の配偶選好単独の問題とするには無理がある。

女性個人の稼得を階級階級/下降の指標とする考え方は、階層研究においては一般的ではない。私感であるが、「上昇」というからには、「誰の」「何が」上昇するのか明確にすべきであるように思う。「上昇婚論」は、「上昇」の語感と煽情性に頼った空虚な議論になっていると指摘せざるを得ない。

次回予告

社会階級ベースだと日本人は同類婚が多いですよって話。古いのでおいおいリライトする。 www.masshirona.red

<余談>

東大・社会学の先生に聞いた「私たちのまわりに“いい男”がいない理由」|ウートピより引用 f:id:chat_le_fou:20180923075853p:plain ところで、年収500万円以上の高収入女性は全世代で10%程度、700万円以上となると3%以下であり(30代までの結婚適齢期世代だともっと少ない)、男女平均年収はあらゆる指標でだいたい100万円程度の差が維持されている。たった1割の高収入女性に全体の婚姻率を下げるほどの影響力があるかは疑問。

*1:Joan Acker 1973”Women and Social Stratification: A Case of Intellectual Sexism”

*2:橋本摂子2002「女性の社会移動の新たな視座に向けて」

*3:橋本摂子 2003『〈社会的地位〉のポリティクス』

*4:とはいえ、本来の意味での「上昇婚」が全くないかといえば、日本社会でも存在はしているだろう、とは言える