まっしろな嘘

ニンゲンを勉強中のヤヤネヒによる、なんかいろいろ。

日本には『上昇婚』なぞ(いうほど)ないだろうという話(3) 高学歴男性の視点がズレるわけ

前回までの話をざっくり

  • 日本は(それなりに厳格な)階級・性役割分業社会としての側面を持つ。

  • その上で、日本は、同一の出身社会階級、あるいは学歴・職業などの共通の特徴を持つ者同士が婚姻する傾向が強い、同類婚社会である。

  • 山田昌弘氏が定義したところの『上昇婚傾向』は、高度経済期のごく限られた時期、経済成長や第二次産業中心社会へのシフトが、婚姻行動に強いインセンティブを与えたことを説明するもので、日本における婚姻傾向を説明するのに普遍的な用法ではない。

  • 実際には、女性が事務職(一般職)の場合を除外すると、同一の職業同士の婚姻が多く、高学歴者は高学歴者同士、低学歴者は低学歴者同士でカップリングされる傾向があり、格差拡大を招いている。

それはそれとして、バズワードとしての『上昇婚』を考えてみる

一般に、バズワードとしての『上昇婚』は、どうも、既婚男女間の経済格差、そして高収入女性の既婚率の低さなどを説明する際に用いられることが多い(っぽい)。

過去記事がNewspicksに掲載された折、「超ソロ社会」の荒川先生から(!)コメントをいただいていた。

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えっと、タームの定義を、「一般の頭の中の理解」基準で論じていいのか、って話なんですよね。
インターネットで使われる『上昇婚』は、おそらく山田昌弘氏の著書から一人歩きして、本来の語義から逸脱したバズワードなのはおそらく間違いない。そして、バズワードの語義の曖昧さに依拠した論説や議論は如何なものかと思う。本来のタームとして日本社会を見るならば、日本は同類婚(homogamy)中心社会であり、上昇婚はケースとしては稀である。このくだりは、前回までのエントリで、もう、散々説明したからいいよね???*1

高学歴男性の結婚観はバグりやすい

小林淑恵氏による、「学歴下方婚のすすめー類型選択と実現された生活(2006)」に、以下のような分析がある。この統計によれば、大半の学生は同類婚を選択しており、学歴下法婚(非伝統)と上方婚が合わせて約半数、上方婚が1割多い。

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女性がより高い学歴の男性との結婚を望んでいるという上方婚志向の認識は、マクロの視点による階層論の結果と、高学歴男性の実感によるものであろう。自分の同級生は皆、同じ大学卒かそれ以下の学歴の女性と結婚しているため、下方婚を選ぶ大卒女性が実数として多いことを見逃しているのではないだろうか。

『夫婦格差社会』P.73にも、同様の指摘と分析がある。男女の高学歴率、及び同業者内での男女比率に格差があるために、夫側から見た女性の最終学歴は、下方婚にばらつきを見せる。一方で、妻側から見た男性の最終学歴は、ほぼ同類婚で固められる。*2「高学歴・高収入職の男性には、下方婚を選択した女性が見えない」。*3

高学歴女性は専業主婦になりやすい

加えて、高学歴女性は、低学歴女性よりも専業主婦になりやすい。

日本の階層システム〈4〉ジェンダー・市場・家族

日本の階層システム〈4〉ジェンダー・市場・家族

女性も(男性と同様に)大学・短大進学が職業的地位達成の手段であると見なしており、性別役割分業に否定的な女性が大学・短大に進学しようとする。しかし、フルタイムの労働市場では女性が結婚・出産後も就業を継続しにくい環境があり、多くの女性が結婚・出産を機に退職する。性別役割分業に否定的で就業継続を希望する傾向のある大学・短大卒の女性にもこのことはあてはまる。その後、有配偶女性が再就職しようとしても、フルタイム労働市場には戻りにくい。

パートタイム労働市場では、企業が学歴や配偶関係にかかわらず女性を安価な労働力として採用しようとする。ここに引きつけられるのは、高校・中学卒の方である。高校・中学卒の女性は、高校・中学卒の男性と結婚することが多く、夫の収入がそれほど高くないので、家計補助のために働きに出る必要がある場合が多いからである。こうして、大学・短大卒よりも高校・中学卒の方が専業主婦の比率が小さくなり、志望していたのとは異なる就業形態に至る有配偶女性が多いことになる。

*4

低学歴、低収入階級出身のウィークカップルは、家計補助のために共働き化する。一方、高学歴男女の場合、男性が就業を継続する一方で、女性は、婚姻を経て低収入化するか、パワーカップルとして就業継続するか、あるいは仕事のために婚姻をあきらめるかの三択となる。これは業種にも左右されるだろう。キャリア中断のリスクが相対的に少ない士業系の女性はパワーカップル化しやすく、一般職ルートで就業した女性は、所謂「寿退社」の形で専業主婦化しやすいと考えられる。専業主婦は、むしろ階級の証なのである。

さしあたって今回のまとめ

  • 高学歴女性は絶対数が少ない

  • 同類婚傾向によるカップリング、ライフコースの選択を経て、高収入職につく女性は更に数が少ない

  • 相対的に男性のほうが数が多くなるため、高学歴男性は同類婚からあぶれやすい

  • 逆に、絶対数の少なさ故に、下方婚を選択した女性は目につかない

  • 結果として、特に高学歴男性は、「女性は上昇婚志向」と誤解しやすい。

しかし、統計上の実態としてはそんなことはなく、かつ、多くの場合、男女共に「共通の社会的特徴を持つこと」を前提に配偶者選択が行っていることは、今回、及び、前回までの記事で述べたとおり。

高学歴男性の視点だと、雇用現場に『同類』の女性が少ないため、女性の結婚行動に対する認識が偏りやすい。逆にいえば、社会的に近縁の女性が多く、また働く女性も多く、婚姻率が比較的高いマイルドヤンキー層や、当の高学歴女性とは、おそらく見えている世界がまったく違う。加えて、周囲に高学歴で、かつリタイア前の高賃金女性が多いことから、男女の賃金格差の実情を意識する機会も少ないため、必然として第一回で紹介した、下図、赤川学先生記事のような発想が生まれると思しい。

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実際の有業男女の男女間給与格差。自分より上の男がいない? 何処を見たら男女間の経済力格差がないといえるのか。*5

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ホントに(経済的)上昇婚志向だけなら非婚化なんて起きてない

Hypergamyってのはザックリ言うと「玉の輿婚」。実際、そんなに転がってるように見える???本当にそんな傾向があるなら、上昇婚志向が非婚化を引き起こしているとお怒りの諸氏は社会階層の異なる女性に出会いを求めれば宜しい。

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中卒・小卒の男女は3割が相対的貧困に陥っており、「上昇婚志向」を敢えてバズワード的に「女性が男性に自分より高い収入を求める傾向」と解釈しても、多くの男性は引く手数多であるはず。「女性の選好」とやらにお怒りの諸氏は、現実には、自分自身が「同類」か、上階層の女性とのマッチングを望んだ上で*6、マッチングが容易な(すなわち、有業女性が多く、収入の低い)社会階層の人々を羨んでいると思しい。

次回予告

次回は、「つり合い婚仮説」における、実際の選好行動と、所謂「年収300万円の壁」について、男女の平均収入や、結婚相手の希望年収データを元に見ていきます。第一回からずいぶん話を引っ張ってしまいましたが、えーと、このまま続きます。

*1:所で、私が十分な学術的訓練を受けた人間でないことは読む人が読めばわかると思うので、NewsPicksの『書き手は研究者と思われます』ってトップはコメントはそれも如何なものかと…駄目でしょー…

*2:『夫婦格差社会』では、同業種間のマッチングとならない例外として、妻側が事務=一般職の事例が挙がっていますが、この所謂『企業見合い婚』ケースについて、木本喜美子先生の研究が詳しいとTwitterでご紹介いただいた。改めて別記事で書きたいと思います

*3:『夫婦格差社会』、『学歴下方婚のすすめ』共に、親学歴ではなく夫婦間の学歴差が階級移動の基準となっているが、近年は親の学歴は年代を通じて一貫して本人学歴に影響を与えている(2006,安藤理)、等のデータがあり、世代間での階級上昇は起き難いとされている。幾つか論文を読んだところ、上昇/下降の基準として、同様に学歴と職業を採用しているものが殆どだったことから、この文章でも同様の基準とした。長いのでコメントアウト

*4:小宮友根先生の記事で紹介されていて、そのまま孫引きするのも申し訳なくて労働図書館で引用元書籍を探してきたのですが、引用箇所は同じです。失礼します

*5:これ非常に雑な話で、正規・非正規やM字カーブ問題等を細かく解説すると長いので次回以降に譲ります

*6:これは、旧来一般職/総合職の男女別モデルを導入していた企業で起きやすい齟齬だと思われる