まっしろな嘘

ニンゲンを勉強中のヤヤネヒによる、なんかいろいろ。

漫画海賊版サイトブロッキング問題に進展があったので、問題解説&時系列の経緯をまとめてみる

本稿趣旨

本日、このようなニュースがbuzzfeedに掲載され、一部界隈に激震が走りました

www.buzzfeed.com

この件の「何が」衝撃を与えたのか、 それ以前に海賊版サイトブロッキング問題って何だったのか、 流れを整理しつつ解説してみようと思います。

わかりやすいさ重視の簡潔な記述を心掛けましたが、法律及び政府権力の行使のあり方が絡む上に、IT技術方面の話も入る故、専門用語が乱舞することは避けられませんでした。ややこしいの嫌だー! って人は最後の「まとめ」を先に読んでください。すまない。

漫画海賊版サイト、漫画村とは?

インターネットにおける、出版物の違法アップロード問題は、インターネット普及当初より問題になっていました。しかし、2016年に開設された『漫画村』が、2017年から口コミで話題になり、月間利用者数9892万人、日本国内のサイトトラッキングで31位という上位に*1

ここから、影響・規模の大きさから「漫画海賊版サイト」が社会問題として話題にされ始めます。

2018年2月9日、衆院予算委員会丸山穂高議員が『漫画村』を例示し、著作権に関する違法性について質問。2月13日には日本漫画家協会海賊版サイトについての見解を発表*2。相次いで2月16日に、漫画家の交流団体・マンガジャパンが漫画村を名指しして利用者にアクセスしないよう求める声明*3

これらの動きを契機に、日本政府は「犯罪対策閣僚会議と知的財産戦略本部が、インターネットプロバイダに『漫画村』等の海賊版サイトをブロッキングするよう要請する調整に入った」ことが2018年4月6日に、毎日新聞によって報じられます。*4

厳密には『漫画村』だけではない

なお、漫画海賊版サイトは漫画村以外にも多数存在しており、著作権の問題のみならず、レーティングされた著作物を違法に全年齢がアクセスできる状態にしてしまう(年齢制限を設けた著作者にとっては非常に不本意な状況になる)など、多数の問題を抱えています。

しかし、現状としては複数の理由からほぼ野放しになっており、社会的制裁が行われたケースは非常に少なく、松文館が「フリーブックス」「はるか夢の址」など複数サイトの運営グループを特定・刑事・民事の双方で訴訟し、示談による損害賠償を作者に分配した例 などに限られている現状があります。*5

違法サイトブロッキングとは

上記の流れで、政府は、有識者による「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」を立ち上げ、6月から9月19日まで、8回の会合が行われた。現在も継続中であり、政府は「海賊版サイトへのユーザーのアクセスを遮断(ブロッキング)する案」を提示していました。 しかし、この提案は、通信の秘密や表現の自由に関わる重大な違法・違憲行為となる可能性が大きいなどの諸問題を抱えており、議論が続いています。

「違法性」「違憲性」、刑事告訴の要件等々についての基礎知識

ここで、法律についての基礎知識をいくつか。

なんで違法サイトは野放しになってるの?

民事であれ、刑事であれ、訴訟を行うには、「5W1H」、いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)の明示が必要です。しかし、多くの違法サイトの運営者は、身分の特定を避けるため、情報開示請求の困難な海外サーバにサイトを置き、所有者情報を幾重にも隠匿する形でサイト運営を行っています。なお、刑事告訴の場合、「違法行為が行われた日時」「場所」を明確にする必要があるため、インターネット犯罪は告訴がいっそう難しくなります。*6

問題にされているサイトブロッキングの「違法性」「違憲性」って何?

  • 憲法は『実質的な最高法規』であり、人民の主権や、憲法に定められた諸権利が国家(立法)による侵害を受けないことを保障するもの。ゆえに、国会で決められる法律が憲法に定められた権利を侵害する可能性がある場合、制限目的の合理性と制限手段の合理性が必要とされる。これらの合理性がない立法は立法権の裁量を逸脱し違憲とされる。
  • サイトブロッキングは、憲法の定めた「通信の秘密」「表現の自由」(ともに第21条第三章)に抵触する。
  • 加えて憲法の定めた「政府による検閲の禁止」(これも第21条)に抵触する。
  • また、通信の秘密については、現行法・電気通信事業法第四条に抵触する。

→現状、政府は「要請」として「事業者(インターネットサービスプロバイダ)による、特定サイトへのブロッキングの実施」を求める、事業者に法的責任を押し付ける方向の決定を行っています。法制度化はしないが、サービスプロバイダ側で違法行為をやってくれ、ということです。 また、その違法阻却理由(違法行為を行っても刑法に触れない理由)として、については『緊急避難要件の成立』を主張していますが、これらの検討内容が拙速かつ不十分、また、決定内容が事実上の「権力による違法行為の強制」であり、権力による検閲、国民の自由の制限に繋がりかねないとして、問題になっています。

政府の主張、『緊急避難要件』とは

刑法37条に定められる、刑法上の例外措置。

  1. 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危険を
  2. 避けるため(避難の意思)
  3. やむを得ずにした行為が(補充性の原則)
  4. これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えない(法益権衡の原則)

また、法益均衡の原則において

  1. 具体的・実質的な立法事実に裏付けられ
  2. 重要な公共的利益の達成を目的として
  3. 目的達成手段が実施的に合理的な関連性を有し
  4. 他に実効的な手段が存在しないか、事実上困難な場合

に限られる、というもの。 なお、過去の例として、児童ポルノ*7ブロッキングは、以上の要件を満たすか否かの議論が続き、実施に至りました。

反対派の主な意見

  • 海賊版サイトへのブロッキングは、既存法に対する違法性について「緊急避難」の要件を満たさない。前述の4要件において、「他に実効性のある手段が存在する」にも関わらず、それらが十分に検討・実行されていない
  • 政府が具体的なサイト名を挙げてブロッキングの実施を促すことは、憲法の禁じる検閲に当たる
  • 権力による「事実上の要請」という越権行為の危険性。
  • 現在の有識者会議の委員の中に、漫画家が一人もいない、同会議の議員の中に、「ブロッキング」と「フィルタリング」の区別がつかないままの議員がいる疑いがある*8、議事録から、法律用語としての「違法性阻却理由」としての「緊急避難」と、一般的な用法としての「緊急避難」を混同している委員がいる疑いがある、など、議論の内容が非常に怪しい

(女子現代メディア文化研究会主宰、勉強会資料を参照にさせていただいています) 最も憂慮されるのは、国民の基本的人権に影響する重大な問題であるにも関わらず、有耶無耶に国家権力が行使されることで、検閲や、基本的人権への重篤な侵害がまかりとおっていますことです。*9

反対者の言う、他に実効性のある手段って何?

  1. 海賊版サイトの主な利用者である未成年者へのフィルタリング→条例によっては、保護者がフィルタリングソフトを使うことが努力義務となっている
  2. ユーザビリティにおいて、合法の漫画配信サイトが海賊版サイトに負けている。合法的な漫画配信サイトへの支援。
  3. 著作権に関する知識についての啓発
  4. 広告業界をあげて海賊版サイトへの出稿を停止する。資金源を絶つ取り組み。
  5. 出版社や著作権者による、海賊版サイトや広告配信サイトへの法的措置。現状では、著作権侵害を受けた権利者へのフォロー、裁判や捜査を継続するためのサポートが圧倒的に足りていない

児童ポルノブロッキングの際は、他の「実効性のある手段」が無いか、検討に検討を重ねた上で、インターネットホットラインセンターの設置などと並行して、サイトブロッキングが実施に移された。しかし、当時の議論に参加していた法曹は有識者会議には居らず、先例が完全に置き去りにされている、との指摘もある。

そして、漫画村への法的措置が可能だと立証される

で、本日、冒頭の記事が飛び込んできました(再掲)

www.buzzfeed.com

漫画村』に対する「実効性のある手段」がない根拠として、先に説明した「サイト所有者の特定が困難=法的措置がとれない」点がブロッキング推進側から主張されてきたわけですけれども、

反対派有志がやってしまわれた。

情報開示に成功した、ということは、海賊版サイト所有者を国内の法律で裁ける状態になったということです。「違法性阻却理由」に対する「実効性のある手段」の決定的な実例が刻まれてしまいました。もうこれ以上の「実効性のある手段」はないので、「実効性のある手段が他にない」という主張は通りません。ここまでの議論は一体何だったんだ。

政府有識者会議、どうするんですか…*10

まとめ

  • 昨年度より、特定の違法アップロードサイト(『漫画村』)へのアクセスが急増、国会で取り上げられる事態になった
  • これに対し、政府が有識者会議を立ち上げ、インターネットサービスプロバイダ主導による、特定サイトのブロッキングを提案
  • 通信の秘密や表現の自由に対する違法性と越権性、公権力による検閲の可能性が指摘される
  • 政府は法律上の「(違憲性阻却理由における)緊急避難要件を満たすので問題がない」と主張
  • 「(違憲性阻却理由における)実効性のある手段」が十分に検討・施行されていないとの批判
  • 漫画村」所有者が有志が米国で訴訟を行ったことで特定され、「実効性のある手段」、即ち法的措置が可能に=ブロッキングが不要だと証明されてしまった←今ここ

で、問題のカワンゴ先生こと、KADOKAWA川上量生氏は事ここに至っても「他に方法がないんだ!急がないと!」のセンで粘っているっぽいですが、どう見ても詰んでいる。どーするんでしょうか。

補遺

漫画村のサイト所有者を特定に成功」の報を受けて、慌ててこの記事を書きましたが、主な論点整理につきましては、先日参加した女子現代メディア文化研究会さんの勉強会、「漫画海賊版サイトのブロッキングの件、どうなった?」会議資料と、勉強会でのお話を参考にさせていただいています。ありがとうございました。

技術的な話と、「出版業界の業績よりも漫画村が挙げたとされる広告収益のほうが金額的に圧倒的に大きい(出版業界のビジネスモデルが遅れをとっているのでは)問題」については、今回は省きました。技術的側面や、ブロッキング・フィルタリングの違い、「緊急避難」が認められた「児童ポルノブロッキング問題」などについては別に記事を解説記事を書ければ…書きたいです…書けなかったらすみません。*11

*1:これはlivedoorなどの大手ポータルサイトよりも上位、かなりヤバい事態

*2:https://www.nihonmangakakyokai.or.jp/?tbl=information&id=7015

*3:「漫画村」についての見解 | 一般社団法人マンガジャパン

*4:https://mainichi.jp/articles/20180406/k00/00m/010/174000c

*5:なお、「はるか夢の址」運営の関係者は著作権法違反により2017年10月31日に逮捕。タダ読み誘導サイト運営者ら、著作権法違反容疑で逮捕へ:朝日新聞デジタル

*6:先ほどTwitterでご指摘を受けたのですが、警察の捜査手法がインターネット犯罪に追いついておらず、届出側が積極的に(情報開示請求などの)手段を提案しないと動いてくれない、という事情などもあり。ブロッキングについての第一報後、権利者団体や出版社の動きがばらついたのはこのあたりの事情もある

*7:実在児童ポルノ。萌え絵ではない

*8:JILIS主催:「著作権侵害サイトによる海賊版被害対策に関するシンポジウム」登壇者の発言

*9:カドカワ川上量生氏が話題に上がりがちなのは、氏及び法務担当者が物凄い勢いでブロッキングをゴリ押しているため

*10:しかし、ろくでなし子さん裁判・松文館訴訟の山口弁護士、表現規制問題について活発に活動されている漫画家の中川譲氏、winny裁判の壇俊光弁護士、旧2ちゃんねるの関係者であり作家・投資家の切込隊長ことやまもといちろう氏と、実働部隊に『インターネット知財問題オールスター感』ありまる

*11:……ところで、bilibili動画にニコニコ動画が敗北したのは、幾ら中国と日本の景気・人口の差があったとはいえ、アチラが通信規制によって独占に成功したからではなく、ニコニコが圧倒的にUI設計や課金システム等のユーザビリティや、運営の柔軟さで負けていたからだと思うんですけど